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遠くで汽笛を聞きながら [生活]


遠くで聞こえる汽笛は今はない
忘れ去られた情景。

一つの時代の郷愁。

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政則
遠くで汽笛を聞きながら アリス




コメント紹介

Friedrich Engels

名曲とこの映像風景に目頭が熱くなる。
郷愁とかノスタルジアとか云われるのは、誰もが持つ幼い頃のこころの
原風景なのかも知れない。セピア色の渋い映像が秀逸。UPに感謝。



田井地勇

好きだった人と別れて傷心状態に陥ってて時、テレビから流れてきたこの歌に、
思わず聴き入ってしまい、気づいた時には、涙が頬を伝っていました。

あれから40年あまりの月日が去っていきましたが、今でもこの歌を聴くと、
「今でも元気でいるかなあ」なんて思ってしまい、
いつの間にか、その人の暮らしている方向の空を、眺めてしまう私、

そして目頭を熱くしている私、やっぱり私ってダメですね。
未だに心の片隅に引きずっている部分がある。

でも敢えてそれは捨てずに、引きずり続けようと思います。
だって、あの頃が間違いなく、私の青春だったから☆

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新たなビジネスモデル [社会]


世の中変われば変わるもの。80年代アイドルは徹底して育成されたのとちがって、
今のネット界ではアイドルマスターなどと言ってアイドルが突然出てくる。

そして“接触”全盛の今。新たなビジネスモデル?として成り立っている。
まるでキャバクラじゃないかとの声もあるが、キャバクラはキャバ嬢のアイドル化
といって進化しているという。

--
いまやアイドルは手の届くお姉ちゃん?とか。
女優も含め、アイドルという言葉が示す範囲はどんどん広がっている。

この先のアイドルってネットを媒体として、どう変わっていこうとしてるのか・・

---
“接触”全盛の今、振り返る 80年代アイドルのストロングポイント
headlines.yahoo/THE PAGE

元おニャン子クラブで歌手の渡辺美奈代がバースデーライブを開いたニュースが話題と
なっている。28日に50歳となった渡辺はミニスカート姿で美脚を披露、アラフィフなが
ら底しれぬアイドル力を発揮しているようで、ネット上にも「相変わらず可愛い」
「80年代は良かった」といったファンの声が出ている。

グループアイドルの走りともいえるおニャン子出身の渡辺だが、ブレークした時期は一人
ひとりのアイドルをじっくり育てた80年代の
の終盤でもあり、
渡辺の活躍を見て当時を思い出すファンも少なくない。

80年代アイドルの強みはどこにあるのだろうか。接触イベントが主流ともいえる現在、
あえて振り返ってみたい。

徹底して育成された80年代アイドル

「おニャン子が素人であることをウリに台頭してきた時期は、80年代前半までのアイド
ル界をリードしてきた松田聖子が結婚した時期でもあります。アイドル界にとって大き
なターニングポイントだったと言っていいのではないかと思います」と、80年代アイド
ル黄金期の終焉を振り返るのは、テレビ情報メディアの50代男性編集者だ。


「『ぶりっ子』という言葉を流行らせたほどアイドルというジャンルを具現化した聖子も
、出産後はその生き方に共感する女性ファンの支持を基盤にアーティストへシフトして行
きました。

そして、おニャン子も87年に入ると解散へと向かって行きましたね。モモコクラブもほぼ
同時期に消えています。90年代前半にもテレビ朝日が力を入れた桜っ子クラブが多くの芸
能人を輩出しましたが、番組自体は初期のSMAPやTOKIOといったジャニーズタレントが盛
り上げている面が大きかったと思います」



いまやアイドルは手の届くお姉ちゃん?

アイドルになることのできる裾野が広がったことは悪いとは言えないが、近年、接触イ
ベントを活動の主流とするアイドルがあまりに増え、おもにファンとの距離感やセキュリ
ティーなどの面でさまざまな問題を起こしているのは事実。


「接触ビジネスはまるでキャバ嬢じゃないか、との声もありますが、最近では逆にキャバ
クラのほうが専門メディアを活用してキャバ嬢のアイドル化を図っています。

あまりに多様化してしまって、アイドルってなんだろう、っていう根幹が揺らいでいる
のが現状です」と憂うのは、スポーツ紙の40代男性記者だ。


芸能界におけるアイドルとは何なのか。必ずしも歌手とは限らないし、女優も含め、
アイドルという言葉が示す範囲はどんどん広がっている感がある。

ネット時代はネット時代に合わせて、新たなビジネスモデルを考えていくべき時期に
差し掛かっていると言えそうだ。

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薄れゆく「青い光」 [社会]


臨界事故で未曽有の被害を出しながらも、それから12年後に福島第一原発事故。
その事故も記憶は薄れ、風化しようとしている今日、そして来年は東京五輪。

原発村の息がかかっているか所は原発と称する以外に、茨城県東海村のような所が
この日本に数多くあり、やってる事が明らかにされていない恐ろしさがそこにある。

--
記憶は薄れ、風化しようとしているところに、同じ過ちが繰り返されないよう、
安全神話への過信による事故など、次の戒めが来そうでならない。

---
2019年9月28日
薄れゆく「青い光」 JCO臨界事故20年
東京新聞

強烈な放射線を放つ「青い光」が二人の命を奪い、六百人超の住民らを被ばくさせた。
核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO、茨城県東海村)の臨界事故から、三十日
で二十年。

未曽有の被害を出し、コントロールできない核の怖さを思い知らされたが、その十二年
後には東京電力福島第一原発事故が起きた。惨事の記憶が薄れつつある現場を歩いた。


「思い出したくない」。犠牲になった作業員の大内久さん=当時(35)=の父親は、
記者が「JCO」と言っただけで顔をゆがめた。悲しい記憶は二十年たってもなお、
遺族や関係者の口を重くしている。

大量被ばくした作業員三人のうち唯一の生存者である横川豊さんの自宅を訪ねたが、
妻が「取材はお断りしている」とだけ話した。

事故は一九九九年九月三十日午前十時三十五分ごろに発生。現場の転換試験棟にいた作業
員は「青い光を見た」と証言した。核分裂が継続する臨界が約二十時間続き、放射線が
出続け、十キロ圏約三十一万人に屋内退避が求められた。

「鳥も鳴かないほどの静けさだった」。試験棟から三百四十メートル離れた場所に住む
菓子材料卸売業の寺門博孝さん(67)は、当時を振り返る。

発生時は出張中で、自宅敷地内の工場にいた従業員から電話で知らせを受け、午後六時
ごろに戻った。JCO前の国道6号の交通量はなく、街が死んだようだった。

健康に影響はなかったが、風評で会社の売り上げは四割ほどに激減した。地元の特産の
干しいもなども売り上げが落ち、払拭(ふっしょく)するまで苦労した。

村の存続も危ぶまれたが、二十年がたち、村内でさえ記憶は薄れている。寺門さんは
「近所の人は心の奥に当時のことをしまい、村内でも遠い場所では、JCOのことを話す
機会はなくなっている」という。

風化に危機感を抱くのは、被ばくした両親が健康被害を訴えていたノンフィクションラ
イターの大泉実成さん(57)=茨城県日立市=だ。

「JCO事故は日本の原子力事故史の大きなポイントだった。同じ過ちが繰り返されない
よう、忘れてほしくない」と話し、地元の講演会などで両親のことを伝えている。

父親の昭一さんは試験棟から百二十メートル先にあった自動車部品工場を経営。事故後、
持病の皮膚病が悪化した。経理をしていた母親の恵子さんも胃潰瘍とうつ病を発症し、
二〇〇二年には工場を畳まざるを得なくなった。

二人はJCOなどに損害賠償を求めて提訴したが、最高裁は一〇年、被ばくを認めつつ
健康被害との因果関係を否定し、上告を退けた。その翌年、昭一さんは亡くなった。

「父は最期まで『ひどすぎる』と怒っていた。『事故を風化させないよう、よろしく頼
む』と病床で母に託していた」

恵子さんは昭一さんの遺志を継ぎ、講演活動を始めたが、昨年一月に他界。それからは、
その思いを実成さんがつないだ。

「JCOのような小さい工場では事故は起きるが、原子力発電所は対策をきちんとして
いる」。実成さんは東京電力福島第一原発事故前に、原子力関係者から掛けられた言葉
を鮮明に覚えている。安全神話は臨界事故後もはびこっていた。

記憶の風化と安全への過信が、福島の原発事故につながったと考えている。


<JCO臨界事故> 

1999年9月30日、茨城県東海村の核燃料加工会社ジェー・シー・オー(JCO)
東海事業所で、濃縮ウラン溶液を本来の用途と異なる「沈殿槽」に大量投入したところ
臨界が発生。

作業員3人が大量被ばくし、うち2人が死亡した。原子力施設の事故による急性放射線
障害で犠牲者が出たのは国内初。

臨界は20時間持続し、救助に当たった消防隊員や周辺住民ら667人が被ばくした。
刑事裁判ではJCOと所長や現場責任者ら6人の有罪が2003年に確定。

被害者に計約154億円の賠償金を支払った。JCOは住友金属鉱山の100%子会社。

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秋の虫の声の時期 [季節]


虫の鳴き声を「声」として聞く日本人だが、趣のある鳴き声が好まれる。

「虫聞くや音符にとつてみたくなる」というような情緒を醸し出す
鳴き声が、昔から愛されてきたのがよく分かる。

「アリ」と「きりぎりす」の話のように、例え話もあるように「虫」「昆虫」に
親しみを覚えながらの季節の生活が昔からそこにはある。

四季の巡りに異常をもたらしているかの今日だが、秋の虫の声の時期は
虫の鳴き声を「声」として聞き、歌や詩にも記す日本人ならではのものだろう。

--
秋の風物詩でもある虫の鳴き声、昔と違った環境の変化で虫の鳴き声が
聴かれなくなる寂しさが、忍び寄っているようでならない。

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虫の音を声として聞く日本人
voice74 2018-04-11

虫の鳴き声を「声」として認識できるのは、世界中で日本人とポリネシア人だけ
という事実が分かってきた今日、日本人の耳と、外国人の耳に違いがあることまで
分かってきた。

「音」を「声」として聞く日本人は何か、ラピュタ人の「何物にも代えがたい宝物」
にも思えてくる。しかもそれは日本人とポリネシア人だけという事実が
遥か昔の「天空の城ラピュタ」、ラピュタ人に繋がってくる。

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2019/9/29
「虫聞くや音符にとつてみたくなる」(猪子…
vpoint

「虫聞くや音符にとつてみたくなる」(猪子生牙)。そろそろ秋の虫の声の時期だと
思って、帰宅時間に街路樹や家の塀などの暗がりで耳を澄ませてみるが、細々とした
声が聞こえてくるばかり。

まだ本格的な秋ではないこともあるだろうが、少しばかり寂しい思いもする。といって
も、秋の虫の声がしてもどの虫が鳴いているのか分からないので、セミのように聞き分
けられないのだが。

平安時代の才女・清少納言の『枕草子』を読んでいると、第43段に虫についての言及が
ある。「虫はすずむし。ひぐらし。蝶。まつむし。きりぎりす」が趣があって好ましい
としている。

清少納言は好き嫌いがはっきりしているので、虫の中でも美しいものや鳴き声のきれい
なものを挙げている気がする。

ただ、平安時代の「すずむし」は現在の「鈴虫」ではなく「松虫」のことであると注が
付いている。ややこしいが、要するに当時と現在とでは「すずむし」と「まつむし」と
が入れ替わっているのだ。

とはいえ、この混同については異論もあるので、確実なことは分からない。それよりも
「みのむし」を「いとあはれなり」と述べているのは興味深い。

なぜ、あはれと感じたかというと、ミノムシは鬼が生んで捨てたもので、その親を慕って
「ちちよ、ちちよ」と鳴くからだという。当時は、ミノムシは秋の虫のように鳴くと信じ
られていた。風流な話だが、そのミノムシも今ではほとんど見掛けない。

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弁護士明かす実母の懺悔 [社会]


「夫の暴行を認識しながら結果的に容認し、犯情は重い」として懲役8年

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「心理的DVの加害者は狡猾です。罵倒したかと思えば、急に理解してみせたり
優しくしたりして、“アメとムチ”を使い分けます。」

その元夫雄大被告の公判も10月1日からスタートする。

--
だが、「その法廷に彼女も検察側の証人として立つのです。」

「雄大被告は事件の詳細について、ほとんど口を開こうとしないため、
検察は優里さんに証言することを求めた。」

結愛ちゃんの死の真相を明らかにするために、耐えなければいけない。
このように彼女には刑務所生活に入る前に、別の“罰”も待っている。

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結愛ちゃん虐待死事件「私は鬼母…」弁護士明かす実母の懺悔
headlines.yahoo /女性自身

「懲役8年は大変重い刑です。結愛ちゃんは戻ってきませんが、こうなってしまった
ことを裁判が終わってからもしっかり考えてください。人生をやり直してください」

裁判長からの説諭に、スーツ姿の船戸優里被告(27)は小さくうなずいた。


'18年3月に5歳児・船戸結愛ちゃんは亡くなった。体重は標準より6キロも軽い12.2キロ、
なきがらには古いものから新しいものまで170以上の傷やあざが残されていたという。

それから1年半、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親・優里被告に対して、東京地裁は
懲役8年の実刑判決を言い渡した。


裁判長は「夫の暴行を認識しながら結果的に容認し、犯情は重い」と指摘しており、イン
ターネット上でも、優里被告に対する厳しい声があふれている。

《母親なら、なぜ体を張って止めなかったのか》
《甘い 幼児虐待は死刑にすべき》
《自分の子供を殺して、懲役8年か》……。


だが実は優里被告自身も裁判長の“大変重い刑”という言葉には、内心で違和感を覚えて
いたという。「私は厳しい判決だと思いました。でも優里さんは、もっと重い量刑を予想
していたようです。求刑が11年でしたから、そのくらいと思っていたのでしょう」と語る
のは、優里被告を担当した弁護士。


「私が彼女に会ったころは、『私は鬼母なんだから、死んでもいいんだ』と言っていまし
た。結愛ちゃんを救えなかったことも苦しかったでしょうし、逮捕されるまでの3カ月間、
自分を糾弾する報道も目にする機会もあったのでしょう。

とにかく“死にたい”“死ねば結愛に会える”と……。頭や心に膜がかかった状態とい
えばいいのでしょうか。何を聞いてもなかなか正確には答えも返ってきませんし、自分
の太ももをたたき始めたり……。判断能力が低下している状態で、彼女にはカウンセリ
ングが必要だと思いました」


優里被告は再婚相手だった雄大被告(今年4月に離婚が成立)から心理的なドメスティッ
クバイオレンスを受けていたという。彼女は法廷で次のように証言している。


《私の行動や発言、すべてが怒られます。何回言っても許してくれないので、自分を傷つ
ければわかってくれるかなと思って、自分の髪の毛を引っ張ったり、太ももを次の日真っ
黒になるまでたたいたり、自分の顔をたたいたりということを見せました》


優里被告が自分がDVを受けていたことを理解するまで、数カ月を要したという。彼女を
カウンセリングしたNPO法人Saya-Sayaの代表理事・松本和子さんは言う。


「1年ほど前、東京拘置所で何度も面会しました。いまでも優里さんは結愛ちゃんが亡く
なったことについて『死んでお詫びしたい』と、言うのです。心理的DVの加害者は狡猾
です。罵倒したかと思えば、急に理解してみせたり優しくしたりして、“アメとムチ”
を使い分けます。

彼女が自分の量刑について『短すぎるのでは』と、考えているのは、元夫からのマインド
コントロールがいまだ完全には解けていないということ。とても気の毒だと思います」


また公判では優里被告に対する元夫の言動を、“DVとして典型的で最悪なケース”と証言
した精神科医の白川美也子医師は次のように語った。

「公判での彼女の姿から、悪質なDVの影響による心の傷や解離(意識が飛ぶこと)、さら
に夫の洗脳から完全に回復していないことを思わせる様子がうかがわれました。

ですから当初の供述でも、“本当は何が起こったのか”を話せていたのか疑問です。
今後の彼女に必要なのはPTSDや解離性障害の治療ですが、(刑務所でも)その機会が与
えられ、次の人生にしっかり向き合えるようになることを望んでいます」


最初は“死にたい”を繰り返す優里被告だったが、勾留15カ月を経て、少しずつ事件に
向き合う気力を養っていったようだ。前出の担当弁護士が続ける。

「彼女には今回の事件の資料をファイルにして渡しており、彼女は東京拘置所の部屋に、
それを置いていました。ファイルのなかには結愛ちゃんの、あざだらけになった遺体の
写真もあったのです。彼女は最初、そのファイルを見ることもできませんでした。

しかし公判1カ月前の8月には、ようやく読むことができるようになったのです。彼女に
とっては勇気が必要なことだったでしょう。最近はこんなことを言うようにもなりまし
た。『自分が死んだら、結愛が生きていたことを覚えている人間がいなくなってしまう』
と……」


だが彼女には刑務所生活に入る前に、別の“罰”も待っているという。

「10月1日から雄大被告の公判もスタートします。その法廷に彼女も検察側の証人として
立つのです。雄大被告は事件の詳細について、ほとんど口を開こうとしないため、検察は
優里さんに証言することを求めたのです。

法廷では遮蔽板も立ててもらいます。でもDVの加害者と同じ場にいなければならないの
は、彼女にとって恐怖だと思います。最初は『絶対に無理です』と、泣くばかりでした
が、ようやく承知してくれました。

彼女も結愛ちゃんの死の真相を明らかにするために、耐えなければいけない、と考えて
いるのでしょう」

優里被告に下された刑期は8年。だが彼女は一生、わが子を救えなかったという自責の念
を抱えながら生きていくのだ。

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急停車面白かった [社会]


業務妨害容疑で逮捕された高2男子。
理由は「急停車するのを見るのが面白かった」と言っている。

業務妨害容疑で逮捕されるだけのことだが
こういった単純なことが判断できないことの恐ろしさを秘めた出来事。

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燃えるのが面白かったとする放火の心理にも似たものがあり
暑さのせいとしても理解できない行動。

このような、何故そうなのかが分からない事が多い世の中。
もっと恐ろしいことが起きるようでならない。

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2019/09/28
踏切で非常ボタン4回 
業務妨害容疑で高2男子逮捕「急停車面白かった
news.goo

大阪府大東市のJR片町線の踏切で9月中旬、非常ボタンを計4回押して電車の運行を
遅らせるなどしたとして、府警四條畷署が市内の高校2年の男子生徒(16)を偽計業
務妨害の疑いで逮捕したことが、捜査関係者への取材で判明した。

JRでは今月、同様の事案が他にも起きており、府警は関連を調べる。

逮捕容疑は今月11〜16日に4回、大東市のJR片町線四条畷―野崎間にある踏切で、
深夜に非常ボタンを押し、電車の運行を妨害したとしている。

生徒は「急停車するのを見るのが面白かった」と容疑を認めている。

当時、普通電車と快速電車が非常ブレーキをかけるなどして4〜15分遅れた。
JRの通報を受け、四條畷署が防犯カメラの映像や目撃情報を調べたところ、生徒の
関与が浮上した。

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キレる人に共通すること [社会]


感情のコントロールができずすぐキレる人、
一息置けばいいものを、すぐダイレクトに相手にぶつけてしまうことも多い。

キレる原因は様々、しかしキレる人に共通する特徴がある。

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2015/11/03
すぐキレる人に共通する10の特徴と対処法
TABI LABO

感情のコントロールができず、すぐにキレる人とはできれば距離を置いた付き合いをし
たいもの。しかし、職場や趣味のサークルなどで、接しなくてはならない人もいるかも
しれません。すぐにキレる人に共通する特徴から、対処法をチェックしておきましょう。

1.驚くほどすぐに熱しやすく冷めやすい

すぐにキレる人は、思うようにならないとすぐに怒鳴るものの、忘れるのも早いという
特徴があります。

真剣に考えて言い返すのは無意味ですし、時間が経過した後に謝っても忘れられている
可能性があります。さらっと流してやり過ごしましょう。

2.プライドが高いのでメンツを保とうとする

プライドの高さもすぐにキレる原因の一つです。自分のメンツを大切にしているため、
体面を保つことに必死です。少し小バカにしたり、からかったりしただけでキレやすく、
冗談が通じないこともあります。

不用意な発言に気をつければ、キレられることを防ぐことができます。

3.とにかく自分がかわいいナルシスト

すぐにキレる人はともかく自分がかわいい、自分大好き人間であり、ナルシストです。
自分が人にけなされることや、人より劣ることは耐えられないので、先にキレておくの
です。

「○○さんと張り合おうと思わないですよ。」など、自分は敵ではないと伝えておきま
しょう。

4.自分の考えが常に正しいと思っている

視野が狭く、自分の考え方や価値観が常に正しいと思っている人は、自分の物差しでし
か世の中を推し量ることができません。

他人の考えが自分とは少しでも違っているだけでキレます。大きな問題ではないことで
は、何か言われても流しておきましょう。

5.事前に報告や相談をすることを求める

基本的に自分が話題の中心にいないと怒るタイプですので、事前に報告や相談がないと
ないがしろにされたと考えてキレます。

職場の上司やグループの取りまとめ役など、報告や相談をするべき相手である場合には、
こまめにコミュニケーションをとるように心掛けましょう。

6.少しでも自分に不利益なことが許せない

自分にとって有利か不利かに敏感な人は、少しでも自分が不利益となる状況が許せませ
ん。結論を先に伝えると、キレられて説明できる状態ではなくなることが多いものです。

先に理由から説明し、多少機嫌が悪くなることには目をつむり、NOとは言えない状況を
つくりましょう。

7.ふつうは気づかない細かなことが気になる

大雑把な性格の人は、細かなことは気にならないため、怒ると怖くても、キレる回数は
少ないです。これに対して、細かなことが気になる人は、「そんなこと?」と他の人が
思うようなことでもキレやすいです。

申し訳なさそうにしながらも、「大雑把で気づかなくて」と何度キレても無駄になるこ
とをアピールしておきましょう。

8.まわりの人からの評価が気になる

すぐにキレる人は、横暴な振る舞いをしながらも、まわりの人の自分に対する評価を気
にしています。自分がどう見られているか、意外と気になっているのです。

ときには、穏やかで周囲の評価が高い人の話をさりげなくしてみましょう。

9.強そうに見えても意外に実は小心者

すぐにキレる人は、自分を大きく見せたいと思いながらも、実は小心者。
先に自分がキレるという手法に出がちです。キレやすい人で、強い人にも構わずキレる
人はなかなかいません。

弱い人にキレやすい傾向があるので、見くびられないように、ときには毅然とした態度
にでることも大切です。

10.怒ることで自分の立場をつくりたい

自分が職場やグループ内で上の立場にいることを示す目的でもキレます。ここであまり
にも立ててしまうと調子に乗りますし、しょっちゅうキレられるのもストレスが溜まる
ものです。

全面的に肯定はせず、「○○なところはすごいですね」といったように、ほどほどに立
てておきましょう。

すぐキレる人は、キレることで自分の状況が好転した、思うようになったというできご
とが何度もあるからこそ、またすぐにキレます。

しかし、キレ返してしまうのはリスクを伴うので、受け流す、毅然とした態度をとる、
ときには根気よく話すといった、相手に迎合しない方法でキレても無駄と思わせるよう
な状況をつくるようにしましょう。

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達者な100歳にはワケがある [健康]


100歳になつても仕事を続ける「現役」の人々は
それなりの日々の鍛練に裏打ちされた結果だということが分かる。

“神の手”の評判をもつ時計職人さん、今でも月に50から100点もの時計を
直しているという。それは自助努力のたまものという他ないだろう。

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人生100年と言われ始めているが、少子高齢化社会のことは置いておいても
健康で長寿でいられるのは「達者な100歳にはワケがある」と言うように
裏打ちされたものがある。

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100年休まずに時計職人「石田要一さん」日本記録を保持 
【続・達者な100歳にはワケがある
headlines.yahoo/ディリー新潮

現役だからめでたい! 続・達者な「100歳」にはワケがある(1/3)

初の7万人超え――。9月16日の「敬老の日」に際して厚労省が発表する全国の
「100歳」以上の高齢者数が、過去最高を更新した。

平成から令和へと時代が移った2019年度だけでみても、100歳を超えた人と年度内に
誕生日を迎える予定者の数は合わせて3万7005人。前年比で優に5千人近く増える計算
になるのである。


となれば、将来あなたも仲間入りするかもしれない百寿の世界。中でも達者なのは今
も仕事を続ける「現役」の人々だ。

北陸・福井の時計職人・石田要一さんは、今年12月で100歳を迎える。“大きな古時計”
さながら、100年近く休むことなく時計修理に勤しんできたという。

福井市にある「石田時計店」へは、“神の手”の評判を聞きつけた人々からの修理依頼
が今でも絶えない。


大正8年、1919年に福井県で生まれた石田さんは、15歳で地元の学校を卒業後、福井市内
の時計店に見習いとして勤め始めた。



驚異の生命力としか言いようがないが、数々の“奇跡”は果たして偶然の産物なのだろ
うか。石田さんの日常を覗けば、それは日々の鍛練に裏打ちされた結果だということが
よく分かる。

毎日5時に起床すると、石田さんは自らの手を使って全身マッサージを始める。頭の先か
ら足の指一本一本までを丁寧に圧した後、手を開いたり閉じたりを繰り返す。
最も酷使する目は、上下左右に何度も動かす。

「これらの運動を30分かけてやるんだけど、手と頭を同時に動かすことが大事なの。
仕事でも手と頭を毎日使うから、ダメにならずに居られるんだと思うよ」

そう語る石田さんはスポーツも大好きで、新しい競技にチャレンジすることも厭(いと)
わない。90歳ぐらいからグラウンドゴルフを、一昨年からはスティックリングという、
カーリングに似た運動も始めた。極めつきは日本記録を保持する砲丸投げだ。


仕事が終われば、軽自動車でスーパーへ買い物に向かうが、持ち前の瞬発力と動体視力
で、世間を騒がせる高齢ドライバーの事故とは無縁のハンドル捌(さば)きだ。

ちなみに、奥さんを亡くして以降は買い物から調理までを一人でこなす石田さん。
一汁三菜を心掛けるが、お酒好きだとも明かす。

「毎日の晩酌は日本酒をコップ1杯弱くらい。温泉に行けば5、6合飲んじゃうけど普段は
暴飲暴食なんてしませんよ。それでも、2週間前に病院で腎臓が腫れていると診断されて
しまったので、今は禁酒しているの。僕はお医者さんのいう事はよく聞くからね」

さすが「酒は百薬の長」なのだ。

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岩魚の住める川と豊かな海 [環境]


渓流釣りをする人は、幻の岩魚(イワナ)を追い求め
山奥に入る方もいるでしょう。

その岩魚が住める山奥の環境がしいては海の生き物にとっても
大事だということが海の漁師さんも気づき始めている。

地球の循環システム、水の大循環システムは山奥の岩魚の住む環境と
海の生き物が住む環境が密接に関係していることを示している。

--
北海道の常呂(ところ)という町の女性が言うように
「町の産業であるホタテの養殖にロシアの森林が大切だから」という意味が
まさにこの水の大循環が果たす結果と言えるでしょう。

オホーツク海の海水の栄養の出所が、ロシアの森林、タイガなのです。

---
ロシアの森と北海道の海の幸
voice74 2018-06-18

何年か前、北海道の常呂(ところ)という町の女性の方から、
「ロシアの森林は私達にとっても大切ですから、しっかり守って下さい」と
言われたことがあります。

町の産業であるホタテの養殖にロシアの森林が大切だから、
と言われて私達は「?」と思いました。

この常呂という町はオホーツク海に面した町なのですが、
ここの海のホタテを育くむ海水の栄養の出所が、
ロシアの森林、タイガであるらしいことが分かりました。

---
岩魚のすめる川があるから豊かな海がある
NPO法人 水産業・漁村活性化推進機構

岩魚(イワナ:川の一番上流にすんでいる魚です)のすむ川には、それぞれの役割が
異なる水生昆虫たちがいっしょにすんでいます。岩魚は、この虫たちと切っても切れ
ない関係にあります。

川にすむ虫が生きていけない川は、岩魚も生きていけない川です。虫たちの食べ物は
豊かな森が供給してくれます。岩魚は、虫たちの営みを通して生活してます。


太古の昔から、森と川にすむ虫や魚の“食べられたり食べたりする関係”が続いてきま
した。豊かな森が川の生き物の命を支えています。

森と川にすむ虫たちの関係が壊れると岩魚は、安心して子孫を残していくことができな
くなります。豊かな森があって水生昆虫が豊富な川は岩魚も元気に暮らせます。

岩魚のすむ渓流では、シイやカシの照葉樹、ブナなどの落葉広葉樹の落ち葉や枝がおび
ただしいほどに風に吹き飛ばされて溜まります。落ち葉の溜まった川底で掃除虫と呼ばれ
る虫たちがせっせと落ち葉を食べています。

シュレッダーという落ち葉を小さく噛み砕いて食べている虫がいます。その側でシュレ
ッダーの食べ残した葉片や他の生物の死骸や石にくっついた藻を刈り取って食べるグレ
イザーと、落ち葉の分解物を集めながら食べる収集専門のコレクターがいます。

肉食のプレデターが掃除虫を食べています。岩魚がそのプレデターという虫を美味しそ
うに食べています。やがて岩魚も死んで虫たちの餌になります。

上流の森や川の落ち葉やそこにすむ生き物を通してつくられたミネラルたっぷりの水は
下流に、そして海に運ばれて、海の生き物にとっても大事な栄養になります。

近頃の岩魚の悩みは、人間とどうやって共存していくかです。本当の答えはまだ見つか
っていません。豊かな森が少なくなり、めっきり餌が少なくなりました。

川が分断され自由に移動することすらできないために、餌を食べたり子供を生む場所に
行けなかったりしています。上流域の環境がだんだん悪くなってミネラルのたっぷり入
った栄養入りの水が海に届かなくなってきています。

海の漁師さんたちも、岩魚のすむ山奥の環境の善し悪しが、豊かな海になるかならない
かを左右する重要な要素であるこにということに気がつき始めています。

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戦場で闘うドクターX [社会]


国境なき医師団に所属する吉野美幸さん、戦場で闘うドクターXと言われ
病院が不足している地で、戦下に生きる住民にとって“最後の砦”となっている。

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中東に限らずですが、権力、土地、資源などなど、利権争いを繰り広げている人達に は、他人を思いやる気持ちがないのかなと感じます。言葉を変えれば、相手の立場や気 持ちを考える想像力の欠如。

自分が有利になるなら他人が被害を被ってもよいとする独善的な考えが、争いを生むの かなぁ、と漠然と思います。でもそんな勝手な人は実はごく一部の権力者で、その他の 善良な一般市民や子供達が犠牲になっているのは本当に悲しいことです。

と世の理不尽さに悲しみを覚えながらも、空爆で負傷した50人を超える手術を一晩で
行なう、そんな外科医吉野美幸さんの原動力になっているのは何だろうか。

テレビで見るドクターXと違った、外科医吉野美幸さんの姿がここにある。

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【画像】病院に運ばれた負傷者の治療にあたる吉野医師
fnn.jp/posts

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一晩に50人の手術も! 戦場で闘うドクターX
“ハチドリの一滴”でも、争いのない世界を目指して
headlines.yahoo /FNN PRIMEonline

戦場で闘う女性医師

今月14日にサウジアラビアの石油施設がイランによるドローンとミサイルで攻撃を受け
るという衝撃的な事件が起きて緊張が高まっている。

イエメンではハーディー暫定大統領をサウジアラビアが支援し、イランはシーア派武装
組織のフーシー派を支援する代理戦争が熾烈を極め、シリア内戦では勃発後の9年間で
死者が37万人を超え、内戦が終結する気配もない。

そんな混迷を極める中東で、医療活動を続ける日本人女性外科医がいる。
国境なき医師団に所属する吉野美幸さん(39歳)だ。


戦地で長年、活動する外科医と聞いて“眼光が厳しい女傑”を想像していたが、その
華奢で柔らかな物腰からは、“戦争”いう言葉が連想できない。

2012年に国境なき医師団に参加した吉野さんは、今までアフガニスタン、イエメン、
中央アフリカなど強者の戦場ジャーナリストでさえ及び腰になる紛争国の最前線で医療
活動に従事してきた。

1年の半分は国境なき医師団の医師として海外で活動して、残りの半年は埼玉県にある
新座志木中央総合病院で消化器一般外科を専門にする外科医として勤務する。

どの医局にも属さないフリーランスの外科医という、まるで人気ドラマの主人公のよう
な吉野さんが医療への道を目指したのは高校3年生だという。


発展途上国と医療

「一番人間の根本にあるものは医療ではないか?発展途上国では、まともに年をとるこ
とすらできず、そこでつまづいている子供がいっぱいるんだなと思いました。」

東京都板橋区にある小さな自転車屋を営む両親にとって彼女が進学した私立の聖マリア
ンナ医科大学の学費を捻出するのは大変なことだったという。

「裕福な家庭のクラスメートの中でバイトしている生徒は私くらいでした」父は自転車屋
の他にも深夜のガソリンスタンドで、母は中居のバイトをするという、まさに家族一丸と
なり3000万円という学費を稼いで掴んだ医師への道。

国境なき医師団から支払われる月給は24時間のオンコールで働き約23万円と、それは戦
地でも変わらない。

1年の半分を過酷な戦地で活動する彼女を家族はどう思うのだろうか?

「本人が選んだ道なので仕方ないですが、今まで苦労したのだから、高給を貰って、もっ
と楽な生活をしてもいいのではないかと思います。」そう言って苦笑いする父の弘一さん
だが、娘を誇りに思う気持ちと優しさに溢れていた。


何事にも動じない“冷静な医師”

現在、吉野さんはイラク北部のカイヤラの病院で活動している。イスラム国掃討作戦によ
る空爆で生活基盤が破壊され、気温50度を超える過酷な状況下、住民は今なお困難な生活
を送っている。

病院に搬送されて来るのは、粗末なガス器具で火傷を負う女性や子供の患者が多いとい
う。

一緒に働く同僚たちに吉野さんの印象を聞くと、どんな外傷にも動じない“冷静な医師”
と口を揃え、患者には、長年の経験で培った外科医の腕は安心感を与えている。

戦争によって病院が不足しているこの地で、吉野さんたちは戦下に生きる住民にとって
“最後の砦”となっている。


終わらないどころか、ますます泥沼化していく戦争に対して、医師という立場で関わって
きた吉野さんは、どう考えているのだろうか?


「中東に限らずですが、権力、土地、資源などなど、利権争いを繰り広げている人達に
は、他人を思いやる気持ちがないのかなと感じます。言葉を変えれば、相手の立場や気
持ちを考える想像力の欠如。

自分が有利になるなら他人が被害を被ってもよいとする独善的な考えが、争いを生むの
かなぁ、と漠然と思います。でもそんな勝手な人は実はごく一部の権力者で、その他の
善良な一般市民や子供達が犠牲になっているのは本当に悲しいことです。」


パレスチナのガザ地区ではイスラエル軍の空爆で負傷した50人を超える手術を一晩で行
ったという吉野さんだが、どれだけ手術をして命を救っても、争いが続く限り次々と犠牲
者が生まれる。

目の前のごく少数の人しか救えないと無力を感じることもあるという。

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