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秋の虫の声の時期 [季節]


虫の鳴き声を「声」として聞く日本人だが、趣のある鳴き声が好まれる。

「虫聞くや音符にとつてみたくなる」というような情緒を醸し出す
鳴き声が、昔から愛されてきたのがよく分かる。

「アリ」と「きりぎりす」の話のように、例え話もあるように「虫」「昆虫」に
親しみを覚えながらの季節の生活が昔からそこにはある。

四季の巡りに異常をもたらしているかの今日だが、秋の虫の声の時期は
虫の鳴き声を「声」として聞き、歌や詩にも記す日本人ならではのものだろう。

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秋の風物詩でもある虫の鳴き声、昔と違った環境の変化で虫の鳴き声が
聴かれなくなる寂しさが、忍び寄っているようでならない。

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虫の音を声として聞く日本人
voice74 2018-04-11

虫の鳴き声を「声」として認識できるのは、世界中で日本人とポリネシア人だけ
という事実が分かってきた今日、日本人の耳と、外国人の耳に違いがあることまで
分かってきた。

「音」を「声」として聞く日本人は何か、ラピュタ人の「何物にも代えがたい宝物」
にも思えてくる。しかもそれは日本人とポリネシア人だけという事実が
遥か昔の「天空の城ラピュタ」、ラピュタ人に繋がってくる。

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2019/9/29
「虫聞くや音符にとつてみたくなる」(猪子…
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「虫聞くや音符にとつてみたくなる」(猪子生牙)。そろそろ秋の虫の声の時期だと
思って、帰宅時間に街路樹や家の塀などの暗がりで耳を澄ませてみるが、細々とした
声が聞こえてくるばかり。

まだ本格的な秋ではないこともあるだろうが、少しばかり寂しい思いもする。といって
も、秋の虫の声がしてもどの虫が鳴いているのか分からないので、セミのように聞き分
けられないのだが。

平安時代の才女・清少納言の『枕草子』を読んでいると、第43段に虫についての言及が
ある。「虫はすずむし。ひぐらし。蝶。まつむし。きりぎりす」が趣があって好ましい
としている。

清少納言は好き嫌いがはっきりしているので、虫の中でも美しいものや鳴き声のきれい
なものを挙げている気がする。

ただ、平安時代の「すずむし」は現在の「鈴虫」ではなく「松虫」のことであると注が
付いている。ややこしいが、要するに当時と現在とでは「すずむし」と「まつむし」と
が入れ替わっているのだ。

とはいえ、この混同については異論もあるので、確実なことは分からない。それよりも
「みのむし」を「いとあはれなり」と述べているのは興味深い。

なぜ、あはれと感じたかというと、ミノムシは鬼が生んで捨てたもので、その親を慕って
「ちちよ、ちちよ」と鳴くからだという。当時は、ミノムシは秋の虫のように鳴くと信じ
られていた。風流な話だが、そのミノムシも今ではほとんど見掛けない。

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100万本のコスモス [季節]


「赤紫や白など色鮮やかな花が、
秋のそよ風に揺れて美しいですね」

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100万本のコスモス、秋風に揺れ 西原村「萌の里」
headlines.yahoo/熊本日日新聞

コスモス.JPG


熊本県西原村小森の俵山交流館「萌の里」の周辺で、約100万本のコスモスが見ごろ
を迎え、色とりどりの花が観光客らの目を楽しませている。

広大な原野に時期をずらして植えられており、早いところで7分咲き、遅いところは
3分咲き程度。同館では11月4日まで恒例の「コスモスまつり」を開催。
毎週日曜日には音楽イベントがある。

八代市から夫婦で訪れた澤田坦[ひろし]さん(81)は、
「赤紫や白など色鮮やかな花が、秋のそよ風に揺れて美しいですね」と話していた。

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秋の風物詩 タカ柱 [季節]


鷹が集団で飛ぶ秋の風物詩である「鷹柱」

「鷹柱」は日本各地で見られ秋の訪れを告げる

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渡りのピークにはタカ達はこうして越冬先へ飛んで行く。

奄美大島のアカハラダカの渡りのピークはこの時節のようだ。

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このビデオは2017/09/21

朝日新聞社
奄美大島に秋の訪れ アカハラダカの「鷹柱」


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2019/09/26
奄美大島の秋の風物詩 タカ柱に歓声
headlines.yahoo /KTS鹿児島テレビ

上空をぐるぐると旋回する約70羽の鳥。

タカの仲間、アカハラダカです。晴れた朝に上昇気流に乗って円を描きながら舞い上
がる姿は「タカ柱」と呼ばれ、アカハラダカの渡りのピークを迎えている奄美大島の
秋の風物詩となっています。

26日朝、近くの小学校が観察会を開き、優雅に舞うアカハラダカに児童たちが歓声を
上げていました。

多いときには数千羽のアカハラダカを観察することができるそうですが、26日朝は
合わせて約200羽と少なめだったということです。

観察に来た児童「あまり見れなかった。黒かったよ」
「いつも飛んでいるより少なかったけど、悪い天気でたくさん見られたのは良かった」

アカハラダカの渡りは10月上旬まで観察できるということです。

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大雪山はまるで色彩のカーニバル [季節]


鮮やかな色彩のカーニバル

濃い緑と紅葉の赤のコントラスト
滝見沼の紅葉

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2019/09/22
大雪山はまるで色彩のカーニバル! 日本一早い紅葉は今が真っ盛り
headlines.yahoo  /gendaibiz

紅葉 北海道.JPG


滝見沼、緑沼の紅葉絶景はこちらから

大雪山高原の沼巡りで最初に出会う絶景

先週、ご紹介した大雪山高原の「日本一美しい」紅葉の続編です。

大雪山高原山荘から沼めぐりをスタートすると、最初に見えてくる
紅葉の名所が滝見沼です。

滝見沼と名はついていますが、滝は沼の奥のほうにあり、遊歩道からは見えません。


大雪山高原の紅葉の主役は、ダケカンバやナナカマドで、本州以南のようにカエデで
はないので、山が真っ赤に染まるということはありません。

滝見沼では、針葉樹の深緑から、水辺の草の淡い緑、そして、ダケカンバの黄色、
ナナカマドの朱色、赤と、まるで色彩のカーニバルのような絶景が広がります。

その滝見沼から、数十メートル進むとすぐに緑沼が見えてきます。

この沼では、森が水辺まで迫っているので、晴天の日には水面に、
空の青、針葉樹の濃い緑と紅葉の赤のコントラストが見事に映り込みます。
まさに息を飲む美しさです。

北海道の山の日本一早い紅葉、僕が日本一美しいと思う紅葉は、今が真っ盛りです。

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静かに忍び寄っている秋 [季節]


「日中はともかく、朝晩のほんのわずかな気配に白露を感じる人もおられ
よう。季節は静かに忍び寄っている」

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二十四節気と実際にかい離がある中、「野草に宿るしらつゆなどに秋の気配」
と、感じとれるのが「白露」だが暑さはまだ続きそう。

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だが、「わずかに濡れている庭の葉を見て」清少納言は秋の風情を捉えている。
小さい秋、小さい秋、みつけよう。

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二十四節気 wiki

二十四節気とは、1太陽年を日数(平気法)あるいは太陽の黄道上の視位置
(定気法)によって24等分し、その分割点を含む日に季節を表す名称を付したもの。
二十四気ともいう。
二十四節気.JPG


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2019/9/03
<水音も風の音にも九月かな>副島いみ子…
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<水音も風の音にも九月かな>副島いみ子。

とは詠んでも、暦の立秋(先月8日)後の残暑が厳しい。暑さが収まるとされる
処暑(しょしょ)は今年は先月23日だったが、炎暑にあえぐ日々が続いた。

そして、次の目安がこの8日の白露(はくろ)である。
野草に宿るしらつゆなどに秋の気配をひとしお感じさせられる、というのだが、
気象庁の予報ではまだまだ暑さは続きそう。

炎天に燃えるサルスベリの花も元気だし、夏の「炎帝」もまだ余力を残している
ようだ。

秋分は23日であるが、今年は暑さ寒さも彼岸まで――と言われる年となりそうだ。
それでも、日中はともかく、朝晩のほんのわずかな気配に白露を感じる人もおられ
よう。季節は静かに忍び寄っている。

わずかに濡れている庭の葉を見て清少納言は「前栽(せんざい)のつゆこぼるばか
りぬれかかりたるも、いとをかし」(『枕草子』)と秋の風情を捉えている。

サルスベリの赤、ヒマワリの黄、ノウゼンカズラのオレンジ色の夏の花。それが初
秋の風を感じるようになると、淡く白い花が目を引くようになる。

ソバの花、白木槿(むくげ)、白芙蓉(ふよう)、白粉(おしろい)花などなど。

しばらくはなお猛暑の名残に汗を拭う日々は続いても、夏から秋へバトンは移りつ
つある。透明な風と白い花のイメージがある初秋。

「九月の声を聞くと、大気が澄み爽やかな秋の感じがようやく深くなる」
(稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』)のは、もう少し先になりそうだが、静かに
確実にやって来る。

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季節の移り行きに味わい [季節]


季節の移り行きに味わいがなくなったと話す随筆家

「台風一過のすがすがしい天気を体験してきた日本人」は
季節の移りゆく味わいに静かに心躍る。

しかし「台風一過後の爽やかな秋晴れとはならず」
鬱陶しい湿度の高い猛暑。これは誰もが感じているところ。

このところ熱中症の問題で「秋の運動会」も難しい秋の気候となり
こうして「季節感をはぐくんできた気候的な前提が崩れつつある」のを感じる。

こういったコラム記事には、気候にまつわる世情が描かれるが
季節感がはっきりしていた頃のコラムが懐かしい。

日本人には風情も感じられなくなった荒れた味わいがない季節がまだ続きそうだ。

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2019/9/11
タイフーンの吹いている朝/近所の店へ…
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<タイフーンの吹いている朝/近所の店へ行って/あの黄色い外国製の鉛筆を
買った>。西脇順三郎の詩「秋」の前半である。

終わりはこう結ばれる。

<門をとじて思うのだ/明朝はもう秋だ>。


超現実派の西脇の詩には難解なものも少なくないが、この詩の味わいはよく分かる
という人が多いのではないか。ただしそれは、台風一過のすがすがしい天気を体験
してきた日本人に限られる。

台風15号が首都圏を通過し大きな被害をもたらした。千葉県では停電や断水が続い
ている。そして台風一過後の爽やかな秋晴れとはならず、真夏の猛暑が戻ってきた。

名古屋市では県立高校の体育祭で後片付けをしていた生徒15人が熱中症で救急搬送
された。9月の秋空の下で普通に行えた運動会。それができなくなりつつある。

地球温暖化によって、かつて日本人の季節感をはぐくんできた気候的な前提が崩れ
つつあるのは確かだ。

山内静夫さんは随筆集『かまくら谷戸の風』(冬花社)に
「私が不安なのは、日本の気候である。日本の気候は、こんな大雑把なものではな
かった」と書いている。

山内さんは松竹のプロデューサーとして小津安二郎監督の映画製作に携わった人で
、鎌倉文学館館長などを務めた。

現在95歳。今も元気に随筆を書いておられるが、極端に暑くなったり寒くなったり
するのはこたえるという。

そしてそれ以上に、季節の移り行きに味わいがなくなったことを嘆いている。

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俳句の季語にみる今と昔 [季節]


季節の移り変わりを季語に託し
日本の四季の移り変わりを見事に描いている俳句

その季語も今と昔では大きさ、規模という観点から少し
意味合いが変わってきているような・・

今年のこの長引く暑さを季語でどう表現したらいいのやら。
台風一過のこの猛暑、俳句の世界でもひと捻りが必要だ。

今年は秋が来るのかと言われている今日、
秋分の日も近く、カラットした秋空が待たれるところだ。

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「ローソクの灯に一夜あけ秋出水」もまだ続きそう・・

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2019/9/08
「ローソクの灯に一夜あけ秋出水」(巻野南風)…
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「ローソクの灯に一夜あけ秋出水」(巻野南風)。

この夏も台風の影響などによる集中豪雨が各地であり、大きな災害となった。
床下浸水したり、道路の冠水によって自動車が流されたりする光景などをテレビ
報道で見ることも少なくない。

こうした災害を表現した俳句の季語は「台風」のほか、「野分(のわき)」や豪雨
そのものの表現である「秋出水(あきでみず)」がある。

台風は説明不要だが、野分や秋出水などの言葉は今ではほとんど使われていない。
ただ、季語としては健在である。


「猪もともに吹るゝ野分かな」(芭蕉)。

野分は、稲畑汀子編『ホトトギス新歳時記』によれば「秋の疾風のことで、台風や
その余波の風ともいえる。野の草を吹き分けるという意味である」。

これもまた、台風と関係がある。いずれにしても、秋の風は少しばかり荒々しい
イメージがある。


現在、気流子の住んでいるのはマンションの3階で、野分と言っていいほどの風が
吹くと、ガラスがビリビリと鳴り、風もごうごうと渦巻くような音を響かせる。

その音を聞くと、今にも風がすべてを吹き飛ばしてしまうような印象さえ受ける。

とはいえ、途切れがちだが、まだセミの鳴き声もするし、秋という感じはしない。
ただ夏の間は、蛇口をひねると水が熱せられてお湯のようだったが、今ではひんや
りとしている。

それでも湿度が高い日が多いので、夕方ごろになると汗ばむことが多い。
カラッとした秋晴れが待たれるところだ。

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